大和の茶の道 -茶の道からつなげる大和の歴史-

歴史地理サークル第4回
「大和の茶の道」 -茶の道からつなげる大和の歴史-
平成24年3月31日、小雨の中のつれづれ日記。
一言で纏めると、お茶を通して広がる輪。

今回は橿原市今井町が舞台です。
今井町はご存知のように、室町時代から称念寺の寺内町として発展してきました。東西600m、南北310mで三重の環濠で囲まれていました。
江戸時代の最盛期には「大和の金は今井に七分」と謡われたように、商業の一大中心地として栄えた町です。
昭和30年代から町並みを保存する動きが起こり、平成5年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
今回のソムリエ参加者は26人。奈良教育大学関係の方々8名と一緒になり、案内役をして頂いた人たちを含めると40人くらいの大所帯になりました。

10時から橿原市今井町の今井まちなみ交流センター「華甍」にて、町並み保存会の若林会長の講演を拝聴しました。
若林会長は、日本三大茶人の一人、大和今井の今井宗久に扮しておられました。
とてもよくお似合いです。 案内方の人たちも皆一様に茶人の格好をされていて、そこからしてもなんだかいつもとは違う、ワクワク感がありました。
お茶を通して、今井町の良さを知ってもらおうという取り組みのようです。
前半は今井町の成り立ちから、保存に向けてのジレンマや葛藤、重要伝統的建造物群保存地区への道のり、そして、これからの思いを熱く語られました。
後半は今井町を軸に、お茶に関わるいろいろな出来事を説明していただきました。
確かにお茶の世界は、奥が深いです。お茶の作法や知識だけでなく、華道、香道、書道、絵画、歌、礼法、建築、焼き物などなど・・多岐にわたっていきます。それに歴史(人)が絡み合っていけば・・・
・・・・面白くないわけがありません。お茶で色々な世界がつながっていく楽しさを再認識できました。

若林会長のお話からは、お茶の世界のように色々な方向に広がって、つながり合い、影響しあい、人と人とを結びつける輪を大きくしていきたいという気概が伝わってきました。

講演の後食事場所に移動。
華甍でお昼かなと思っていたのですが、雨の中今井町をそぞろ歩きながら、食事場所の旧米谷家住宅(重要文化財)へ到着。

一歩中に入ると天井の高さと右手の土間の広さにびっくりです。その土間の竈には火が入り、薪が赤々と燃えていました。この日のために、いろいろと厄介な消防などの手続きを取ってくださったそうです。
春だというのに冷たい雨の中歩いてきた身には、気持ちまでも温まりました。
暖かい湯気と独特の煤けた木造家屋の匂いが合わさって、なんとも居心地のいい雰囲気でした。

そして旧米谷家のお部屋に上がってのお昼となりました。なんと贅沢な!重要文化財のお座敷でお昼です!自前ですけど・・・
お茶は、竈で沸かしたお湯で入れていただきました。
お水は、名水といわれている天川村の「ごろごろ水」をわざわざ汲んできてくれたそうです。
お茶は、入れてくれた人の気持ちが入りますから。ちょっと甘めのまろやかな味でした。
美味しかったです。
食事が終わって外に出ると、雨も止んでくれました。

今井町の中心である称念寺で説明を聞き、復元された環濠を見学して、今西家に向かいました。
今回は拝観時期ではないのに、特別に見学させていただきました。
今西家は惣年寄の筆頭をつとめていた家で1650年に建てられており、今井町では一番最初に重要文化財に指定されています。
先程の旧米谷家住宅もそうですが、天井の高い立派な家でした。二階には牢屋もあるとか・・・・
簡単な裁きはこの家にて行われていたようです。
天井を横切る太い三本の梁には、この家の風格と自信が見て取れるように思いました。

そのあと、普段公開していない、尾崎喜助の家にも立ち寄らせていただきました。
尾崎喜助は元々武士ですが、古田織部と茶会を開いたことが縁で、町人になって今井町に住んだとのこと。
説明がなければ普通の民家ですが、そこここに、こだわりのある造りになっていました。
床の間にはメノウが塗り込んだであり、隣の四畳半の茶室の床柱は南天の木だとか。独特のぼこぼこした木肌は、茶人としての「さび」を感じました。
この家は今でも生活感があって、ひょこっと主(尾崎喜助)が現れて、茶室で茶を点てていてもおかしくない雰囲気がありました。
短い時間での体験でしたが、今井町の心意気を、少しはかじれた気がしました。
「今井町」と「お茶」。
これからも「輪」が広がって、幾重にも重なり合っていく予感がします。

By ならミモザ(関東サークル 橋口)