第4回ソムリエ級

平成22年(2010)1月10日実施

Ⅰ.次の問題について、最も適当なものを選びなさい。

(1)次にあげた奈良県の地勢についての記述のうち、正しいのはどれか
ア.宇陀市に隆起する宇陀山地は東山中と呼ばれてきた。
イ.葛城山の山麓には段丘化した扇状地が発達している。
ウ.奈良盆地の北端は生駒・金剛山地によって京都盆地との境界をなしている。
エ.吉野川の河谷は中央構造線を縦断している。

イ.葛城山の山麓には段丘化した扇状地が発達している。

(2)次の大和国と河内国を結ぶ街道の峠のうち、最も北に位置するものはどれか
ア.十三峠
イ.暗峠
ウ.鳴川峠
エ.水越峠

イ.暗峠

(3)国指定の天然記念物「シシンラン群落」がある村はどこか
ア.上北山村
イ.天川村
ウ.十津川村
エ.川上村

ア.上北山村

(4)飛鳥時代についての記述のうち、正しいものはどれか
ア.甘樫丘の北端に建立された豊浦寺は阿倍氏が建立した。
イ.「嶋の大臣」と呼ばれていたのは蘇我馬子である。
ウ.舒明天皇2年(630)に推古天皇は飛島岡本宮へ遷った。
エ.檜隈寺は渡来系氏族である西文氏が建立した。

イ.「嶋の大臣」と呼ばれていたのは蘇我馬子である。

(5)平城宮・平城京発掘の沿革について、記述が正しいものはどれか
ア.昭和36年(1961)に平城宮跡の兵部省跡からおよそ40点の木簡が出土した。
イ.昭和41年(1966)に道路工事の事前発掘調査で平城宮東側の張出部分が発見された。
ウ.昭和50年(1975)に平城宮跡の近くで平城京右京三条二坊宮跡庭園の遺構を確認した。
エ.昭和63年(1988)に田村第から74,000点の木簡が出土した。

イ.昭和41年(1966)に道路工事の事前発掘調査で平城宮東側の張出部分が発見された。

(6)16世紀に勢力を振るった十市氏が築いた俗に十市城とも呼ばれる城で、ジャンジャン火伝説が残る城はどれか
ア.古市城
イ.柳本城
ウ.山村城
エ.竜王山城

エ.竜王山城

(7)平成15年(2003)に万葉歌を万葉仮名で刻んだ木簡が発見された明日香村の遺跡はどれか
ア.飛鳥池遺跡
イ.甘樫丘東麓遺跡
ウ.石神遺跡
エ.島庄遺跡

ウ.石神遺跡

(8)初瀬川(大和川)の河岸に建てられた「仏教伝来之地」碑によって顕彰される欽明天皇の宮はどれか
ア.訳語田幸玉宮
イ.磯城嶋金刺宮
ウ.磯城瑞籬宮
エ.泊瀬朝倉宮

イ.磯城嶋金刺宮

(9)塔心礎の上面に彫り込まれた柱穴の周囲に半円形の添柱孔が付けられている例がある。次のうち、そのような添柱孔が見られない塔心礎の残る寺院もしくは廃寺はどれか
ア.橘寺
イ.長林寺跡
ウ.尼寺廃寺
エ.法隆寺若草伽藍跡

イ.長林寺跡

(10)馬見丘陵の南にある磐園陵墓参考地(築山古墳)の陪塚の一つであり、直径が95mもある奈良県内最大級の円墳はどれか
ア.狐井城山古墳
イ.コンピラ山古墳
ウ.新山古墳
エ.牧野古墳

イ.コンピラ山古墳

(11)宮内庁によって兆域が前方後円形に区画されているが、実際には後円部に当たる箇所が1辺90mの巨大方墳である陵墓はどれか
ア.開化天皇の春日率川坂上陵
イ.武烈天皇の傍丘磐杯丘北陵
ウ.平城天皇の楊梅陵
エ.倭彦命の身狭桃花鳥坂墓

エ.倭彦命の身狭桃花鳥坂墓

(12)高取城の鬼門に当たることから、高取藩主の植村家政に厚く信仰された神社はどれか
ア.飛鳥坐神社
イ.天香山神社
ウ.畝火山口神社
エ.耳成山口神社

ア.飛鳥坐神社

(13)安寧天皇の片塩浮穴宮跡とされる土地に鎮座し、古来より竜王宮とよばれ、祈雨の神、農耕の神として崇敬されてきた神社はどれか
ア.池神社
イ.石園座多久虫玉神社
ウ.廣瀬神社
エ.龍穴神社

イ.石園座多久虫玉神社

(14)「大和七福八宝」とは、大和の七福神ともう一社を巡ることにより八宝円満の御利益を得られるという由緒から名づけられた。その「もう一社」とはどこか
ア.石上神宮
イ.大神神社
ウ.橿原神宮
エ.春日大社

イ.大神神社

(15)歴史の古さから日本三大弁財天のひとつにも数えられるとともに、芸道の神としても崇敬されている吉野郡にある神社はどれか
ア.玉置神社
イ.天河神社
ウ.丹生川上神社
エ.吉野水分神社

イ.天河神社

(16)平城天皇が仮住まいしたと伝えられ、境内の西方にあった平塚古墳の石棺の棺身を保存している寺院はどれか
ア.石位寺
イ.正楽寺
ウ.長岳寺
エ.不退寺

エ.不退寺

(17)興福寺一乗院門跡の長講堂で用いられていた慶長15年(1610)作の梵鐘がある寺院はどれか
ア.榮山寺
イ.九品寺
ウ.五劫院
エ.十輪院

イ.九品寺

(18)興福寺五重塔の基壇も含めた総高はおよそ何メートルか
ア.約30m
イ.約40m
ウ.約50m
エ.約60m

ウ.約50m

(19)佐保山の南裾に境内を構える興福院の客殿と御霊屋の襖絵を描いた画家は誰か
ア.池大雅
イ.狩野探幽
ウ.円山応挙
エ.渡辺始興

エ.渡辺始興

(20)丈六の地蔵菩薩坐像を本尊とし、鎌倉時代の『沙石集』に「南都には地蔵の霊仏あまたおはします」と称された寺院に当たるのはどれか
ア.帯解寺
イ.聖林寺
ウ.福智院
エ.松本寺

ウ.福智院

(21)法隆寺の百済観音についての記述のうち、誤りはどれか
ア.江戸時代から百済観音と呼ばれるようになった。
イ.像高は2mをこえる。
ウ.江戸時代に虚空蔵菩薩と記した記録がある。
エ.樟の一木造である。

ア.江戸時代から百済観音と呼ばれるようになった。

(22)興福寺の阿修羅像についての記述のうち、誤りはどれか
ア.この像を含む仏像の一群を八部衆立像と呼ぶ。
イ.三面六臂の像である。
ウ.造像の技法は脱活乾漆法による。
エ.もとは梵天と戦った武神の像である。

エ.もとは梵天と戦った武神の像である。

(23)江戸時代、吉野山で「歌書よりも軍書に悲し吉野山」と詠んだのは誰か
ア.各務支考
イ.宝井其角
ウ.服部嵐雪
エ.向井去来

ア.各務支考

(24)与謝野晶子の「初春や当麻の寺へ文かけば奈良の都に住むこゝちする」の歌碑が建てられているのはどこの寺院か
ア.石光寺
イ.専称寺
ウ.當麻寺
エ.高雄寺

ア.石光寺

(25)大和三山を詠んだ万葉歌「香具山は畝傍を惜しと耳梨と相争ひき神代よりかくにあるらし古も然にあれこそうつせみも妻を争ふらしき」(『万葉集』巻1-13)の作者は誰か
ア.孝徳天皇
イ.舒明天皇
ウ.天智天皇
エ.天武天皇

ウ.天智天皇

(26)漆芸の産業化を図るため、吉田立斎を職工長として奈良博覧会社内に設置された組織はどれか
ア.温古社
イ.立志社
ウ.大和社
エ.漆商社

ア.温古社

(27)春日大社若宮社の例祭「おん祭」で、若宮と御旅所の間を遷還幸するときに、神職が「ヲー、ヲー」と発する声を何と呼ぶか
ア.警蹕
イ.声明
ウ.宣命
エ.祝詞

ア.警蹕

(28)北葛城郡一帯の秋の神事で神前に捧げられる提灯は、竿に横木をわたして並べるが、それは何提灯と呼ばれているか
ア.オネリ
イ.ススキ
ウ.タイマツ
エ.マツリ

イ.ススキ

(29)飛鳥川で勧請縄(男綱・女綱)のかけかえが行われるのは毎年何月か
ア.1月
イ.5月
ウ.8月
エ.10月

ア.1月

(30)奈良県にある3つの世界遺産は「法隆寺地域の仏教建造物」「古都奈良の文化財」「紀伊山地の霊場と参詣道」の順で登録された。それぞれの登録された年を正しく記して並べたものを選べ
ア.平成元年(1989)→平成7年(1995)→平成13年(2001)
イ.平成2年(1990)→平成9年(1997)→平成20年(2008)
ウ.平成3年(1991)→平成8年(1996)→平成19年(2007)
エ.平成5年(1993)→平成10年(1998)→平成16年(2004)

エ.平成5年(1993)→平成10年(1998)→平成16年(2004)

 


 

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