御厨子(みずし)神社は、天香久山北東の橿原市東池尻町にあります。この辺りは大和朝廷時代の政治的要地である磐余(いわれ)の地にあたり、境内が位置する場所は第22代清寧(せいねい)天皇の磐余(いわれ)甕栗宮跡(みかくりのみやあと)の伝承地とされています。
祭神は当初、根析神(ねさくのかみ)、安産霊神(やすむすびのかみ)の2柱でしたが、後の室町時代に誉田別命(ほんだわけのみこと)が合祀(ごうし)されました。
境内には、俗に月輪石(つきのわいし)と呼ばれる真っ二つに割れた大石があり、石析神(いわさくのかみ)が祭られています。神の依代(よりしろ)としての磐座(いわくら)ともみられ、古代信仰の名残を感じさせます。
当社を氏神としていたかつての南山村は、江戸時代以降に三つに分村され、現在の橿原市南山町、桜井市橋本、橿原市東池尻町となりました。重要な神事にはそれぞれの代表者が必ず参列し、玉串を南山町、橋本、東池尻町の順に奉奠(ほうてん)されています。歴史的経緯を知る人が少なくなる中、今もこの三つの地区によって神社が守られています。
また、参道の手前には磐余(いわれの)池(いけ)の推定地が広がっており、非業の死を遂げた大津皇子(おおつのみこ)がこの池のほとりで詠んだとされる辞世の句「ももづたふ磐余の池に鳴く鴨(かも)を今日のみ見てや雲隠りなむ」の万葉歌碑が建っています。
(奈良まほろばソムリエの会会員 礒兼史洋)
(住所)橿原市東池尻町447
(祭神)根析神、安産霊神、誉田別命
(交通)近鉄大福駅から徒歩約20分、JR香久山駅から徒歩約15分
(拝観)境内自由
(駐車場)無
(電話)0744・48・0155(天香山神社)
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