やまとの神さま
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第130回 2025年08月14日掲載
繁栄願う生霊神がルーツ   牟佐坐神社(橿原市)


牟佐坐神社拝殿=橿原市で


 牟佐坐(むさにいます)神社は取川の西、近鉄岡寺駅北西の小高い丘に鎮座しています。平安時代の神社一覧である「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」では式内大社として掲載されている古社です。
 この地は第8代孝元(こうげん)天皇の軽境原宮(かるのさかいはらのみや)跡であると伝わり、石段を上り、境内に身を置くと、清涼な空気に包まれます。
 「日本書紀」雄略天皇のくだりには、天皇が信頼をおく側近として身狭(むさの)村主(すぐり)青(あお)の名がみえます。
 室町時代の古文書では、当社は身狭村主青が悪い夢を見てそれを祓(はら)い、幸福や健康、繁栄を願う生霊神(いくたまのかみ)を身狭村の田んぼに祭り、その子孫が神主になったと記されていて、これが当社の始まりとされています。
 その後いつの頃からか、江戸時代初期までは菅原道真を祭神としている時期がありましたが、明治になり高天原の神である高皇産霊神(たかみむすびのかみ)と孝元天皇を祭神としました。
 高皇産霊神は物を産みなす生成力を象徴する神で、天地開闢(てんちかいびゃく)(天地が初めて出現)のとき天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)に次いで神皇産巣霊神(かみむすびのかみ)とともに、最初に 高天原に成り出た神です。
 また当社には、すべての歌人が揃っている江戸時代の「百人一首絵馬」が奉納されています。この絵馬は「歴史に憩う橿原市博物館」に寄託されています(通常は非公開)。
(奈良まほろばソムリエの会理事 柏尾信尚)


(住所)橿原市見瀬町718
(祭神)高皇産霊神、孝元天皇
(文化財)市指定「百人一首絵馬」
(交通)近鉄吉野線岡寺駅西スグ
(拝観)境内自由
(駐車場)無
(電話)0744・54・2071(飛鳥坐神社)


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