なら再発見
第26回へ                  第27回 2013年5月04日掲載                  第28回へ >
飛鳥路のミステリーストーン ―― 貴重な遺物 往時しのび散策
 
 飛鳥の歴史遺産は多くが地下に埋もれており、日頃は見ることができない。しかし、地上に現存する石造物は、目にすることのできる貴重な遺物だ。
 なかでも代表的なのが、橿原市や明日香村に点在する猿石や亀石、益田岩船(ますだのいわふね)。
 近鉄飛鳥駅から北東へ約10分、吉備(きびつ)姫王墓内に、4体の猿石がある。吉備姫王は皇極(斉明)、孝徳両天皇の母だ。
 猿石は江戸時代の1702年、欽明天皇陵(平田梅山古墳)南側の水田から掘り出された。北から「女」「山王権現」「僧」「男」と呼ばれる。
 いずれも花崗岩(かこうがん)。西域からシルクロード経由で渡ってきたのだろう。周辺は下つ道の南の終点とされ、蘇我氏ゆかりの遺跡も多く残る。
 見瀬丸山古墳や菖蒲池(しょうぶいけ)古墳、甘樫丘(あまかしのおか)、石川精舎(しょうじゃ)跡など、往時をしのびながら散策するのも楽しい。
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 ここから東へ向かうと、鬼の俎(まないた)や鬼の雪隠(せっちん)、さらに東へしばらく歩くと亀石(かめいし)がある。亀石は長さ4メートルの巨大な花崗岩製。南西を向いているが、はじめは北または東を向いていたという。  西を向いて当麻(葛城市)をにらむと、洪水が起きるという伝説がある。  昔この辺りは湖で、当麻と川原(明日香村)で湖水をめぐって争いがあり、川原のナマズが当麻の蛇に敗れた。水が蛇に取られたので、亀が枯死した。その亀を供養するため、村人が亀石を造ったといわれる。  また、川原寺(現在の弘福寺(ぐふくじ))領の境界を示すとも、神仙思想による死後の世界とこの世の境を示す結界石ともいわれている。
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 飛鳥駅を基点に、西方向に行くと巨大な石造物がある。一般に益田岩船と呼ばれ、飛鳥地方で最も謎めいた石造物だ。
 岩船山の頂上近くにある。長さは11メートル、高さは4.7メートル。重さは715トンもあり、とてつもなく大きい。
謎の石造物とされる益田岩船=橿原市  
 子供の頃、ここでよく遊んだが、なんだか気味が悪かった。苦労して石の頂上にはい上がったが、降りるのが怖かったことがなつかしい。
 不思議なことに、石の上面には対称の位置に四角い穴が2つ空いている。
 すぐ近くには、飛鳥時代の斉明天皇の墓とされる牽牛子塚(けんごしづか)古墳がある。益田岩船も、斉明天皇と何か関係があるのだろうか。
 このほか飛鳥京跡に足を延ばせば、石神遺跡や水落遺跡、飛鳥京跡苑地遺構、飛鳥池遺跡などがある。斉明朝ゆかりの石造物や遺跡の宝庫で、いずれも謎めいたものばかりだ。
 NPO法人奈良まほろばソムリエの会では、ウォーキング・ツアー「まほろばソムリエと巡る大和路」を実施している。コースは「飛鳥ミステリアス・ストーンズ巡り」など全9コース。詳しくはサイト(http://sguide81.blog.fc2.com/ )

(NPO法人奈良まほろばソムリエの会森原 嘉一郎)
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