なら再発見
第47回へ                  第48回 2013年10月5日掲載                  第49回へ >
宇陀の安産寺 ―― 村人 見守る子安地蔵尊
 
 奈良を歩くと山間の集落などが守る寺で、目を見張るような仏像と出合うことがある。
 たとえば山添村の西方寺には快慶作の阿弥陀如来立像があり、桜井市忍阪(おっさか)の石位寺には石造薬師三尊像などがある。いずれも国の重要文化財だ。
 今回訪ねる安産寺も、堂の軒「堂宇(どうう)」は小さいながら、安置されている地蔵菩薩立像は国の重要文化財で、子安地蔵とも呼ばれる。優美な姿と慈悲あふれるお顔で参拝者を魅了する。
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 安産寺は宇陀市室生三本松中村にある。近鉄大阪線の三本松駅を出て西に向かい、線路のガードをくぐればすぐの所だ。
 今は無住の寺で無宗派。地蔵菩薩は中村地区の人々によって管理・保存されている。普段は公開されていないが、事前に連絡すれば参拝が可能。ただし毎月9日の午前と1月24日の初地蔵会、8月第4日曜の縁日法要の日には開扉される。
 かねてお願いしてあった9月初旬、この寺を訪れた。地区の集会所を兼ねた本堂の奥の立派な収蔵庫に子安地蔵は安置されている。切れ長の目に鼻筋が通り、端正な唇、傷ひとつない丸い頭が印象的。特に彫りの深い横顔が美しく、精悍(せいかん)さを感じさせる。


地蔵菩薩立像を安置する安産寺本堂=宇陀市

 量感豊かな体はさざ波のような衣文線が肩から腹部、脚部にかけて流れ、張りのある大腿(だいたい)部を強調している。この衣文の様式は平安前期の彫像の特徴である漣波式(れんぱしき)で、室生寺様式とも呼ばれる。



子安地蔵とも呼ばれる国の重要文化財「地蔵菩薩立像」
 像高は177.5センチ、榧(かや)の一木造とされ、これまで2度ほど彩色修理がほどこされた。着衣は赤く染められている。保存状態が良く、その美しさから千年を経た古仏とはとても思えない。
 左手に宝珠を持ち、右手は下にさげ、錫杖(しゃくじょう)を持たない。着衣は右肩をあらわにする偏袒右肩(へんたんうけん)で、飾り物をつけない如来形。さらに珍しいことに、靴を履いて蓮華(れんげ)座の上に立っている。
 地元保護委員会・専任保護委員の鎌田慧さんは「子安地蔵はその昔、9月9日に豪雨で宇陀川が増水したとき、上流から流されて対岸にある海神社脇に流れ着いたそうです。それを村人たちがお救いし、堂宇を建ててお祀(まつ)りをしたとの伝説があります」と説明。さらに「村の守護仏として深く信仰され、子授けや安産に御利益があると、近隣はもとより全国から参拝者が絶えません」と話す。
 宇陀川の上流には室生寺がある。子安地蔵の着衣の赤や衣文の美しさなどは、室生寺金堂の本尊・釈迦如来像の作風とよく似ている。如来像の右に安置された地蔵菩薩像の板光背が異常に大きく、これを子安地蔵のものとすればサイズ的に一致することから、当初は室生寺金堂に安置されていたのかもしれない。
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 安産寺を下ると目の前が宇陀川で、対岸には三本松の海神社がある。海神社の祭神は海神の姫、豊玉姫命(とよたまひめ)で、水を統御し、安産の神でもあるという。
 私が訪ねたのは、時あたかも9月9日。この日は連日の降り続く雨で宇陀川は増水し、流れも速くなっていた。これだけの水量があれば、上流の室生寺から容易に流れ着くのもうなずける。
 無傷の子安地蔵を思えば、小舟か何かでこの川を下ってきたのだろうか。そんなことを考えながら、川音を背に帰路に着いた。

(NPO法人奈良まほろばソムリエの会理事長 小北博孝)
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