中将姫が一夜で織り上げたという曼荼羅(まんだら)を本尊とする当麻寺は、聖徳太子の弟の麻呂子(まろこ)親王が創建した寺が始まりとされ、その後、親王の孫の当麻国見(たいまのくにみ)が現在地に寺を移したと伝わります。
境内は金堂、講堂、東西両塔による南北の伽藍(がらん)と、東大門、曼荼羅堂(本堂)による東西の伽藍で構成されています。
創建当初は弥勒仏弥勒仏(みろくぶつ)を本尊とし、空海が滞在してからは真言密教が栄えました。その後、末法思想の広がりとともに当麻曼荼羅の信仰が高まり、浄土宗も加わりました。
国宝などの文化財も多く、日本唯一残る古代の両塔、曼荼羅堂、金堂本尊の弥勒仏坐像(ざぞう)、乾漆像乾漆像(かんしつぞう)としては日本最古の四天王像などがあります。
毎年4月14日には、中将姫が西方極楽浄土に行く様子を再現する「聖衆来迎練供養会式(しょうじゅうらいごうねりくようえしき)」(当麻レンゾ)が行われます。二上山に沈む夕日の中、中将姫が二十五菩薩(ぼさつ)に導かれ、西方浄土の曼荼羅堂に向かいます(今年はコロナ禍のため橋をかけず規模も縮小されます)。
石光寺は、天智天皇の勅願により役小角(えんのおづぬ)が建立した寺と伝わります。
1991(平成3)年には「弥勒石仏」が発見され「光を放つ三大石で造られた石仏を安置したことに始まる」という伝承が裏づけられました。
境内には中将姫が蓮糸を染めたという井戸「染の井」や糸を枝にかけて乾かしたという「糸掛桜」があるほか、「関西花の寺二十五ヵ所」の第二十番札所にふさわしく、寒牡丹、春牡丹をはじめ、梅、シャクヤク、サルスベリなど四季折々の花が咲きほこります。
(奈良まほろばソムリエの会 会員 吉川清司)
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