初瀬の町を通り抜けると、そこは長谷寺の門前です。見上げれば山の中腹には、十一面観音菩薩(ぼさつ)を安置する大きなお堂が望めます。振り返れば、ごうごうと水音をとどろかせる初瀬川を足元に見ることができます。門前から観音堂へ向かう道が、名高い長谷寺の登廊です。
「いくたびもまいる心ははつせでら山も誓いもふかき谷川」。西国三十三所観音霊場の第八番札所、長谷寺の御詠歌(ごえいか)です。山も谷川も詠みこんだこの歌は、長谷寺の信仰や立地を端的に示します。
仁王門を経て一段、一段と登廊を登っていきます。その石段は、世俗社会から観音菩薩のお膝(ひざ)元に至る信仰の道です。
登廊は、信仰の道であると同時に花の道です。春に咲き乱れる豪華なボタンは、参拝者の心を弾ませます。桜や紅葉など、四季折々の花木の美しさは、心に染み入ります。
長谷寺は毎日正午にホラ貝を吹き、鐘をつきます。寺の僧侶と参拝者、初瀬の町に時を告げる「時の貝」です。登廊の上の鐘楼(しょうろう)でほら貝を吹くさまは、居合わせたすべての人が拝見できます。
「にわかに吹かれるホラ貝の音に皆が驚いた」。これは約1000年前の清少納言の感想です。約250年前に長谷寺を訪れた本居宣長もホラ貝と鐘の音を聞いて「昔、清少納言も驚いた」と紹介しています。初瀬の山々に1000年にわり鳴り響いてきたホラ貝と鐘の音をお聞きください。
本堂、礼堂を背景に舞台に立てば、境内の堂塔僧坊を一望できます。山を渡る爽やかな風にも吹かれてみましょう。
(奈良まほろばソムリエの会 副理事長 雑賀耕三郎)
|