古代はご神体が鎮座する本殿はなく、神祭りの時に神奈備山(かんなびやま)と呼ばれる神聖な山の大きな岩などに神様をお迎えしてお祭りを行っていました。
大神神社は神奈備山である三輪山がご神体です。大物主大神(おおものぬしのおおかみ)を主祭神として、大己貴神(おおなむちのかみ)と少彦名神(すくなひこなのかみ)の三柱をお祭りしています。拝殿だけで本殿がなく、ご神体を拝むという古い信仰形態を継承しています。拝殿奥の鳥居は横一列に三つ組み合わせた「三ツ鳥居」と呼ばれる独特な鳥居です。
大神神社は大和の国の一之宮として古くから崇拝され、三輪山は大和の人たちの心の拠り所で、万葉集には近江遷都の時、三輪山が見えなくなることを悲しむ額田王の歌があります。大物主大神と大己貴神は出雲で国譲りをした大国主神(おおくにぬしのかみ)の別の呼び名で少彦名神は国譲りをお助けした神様です。少彦名神は酒や薬の神様でもあり、大神神社は酒造りの神様として信仰を受け、醸造所に飾られる杉玉は醸造安全祈願祭(酒まつり)の杉玉が伝わったものです。
『古事記』や『日本書紀』には大物主大神が三輪山への鎮座を自ら望まれたことや、第10代崇神天皇の時に大流行していた疫病を鎮められた話も書かれています。
中世以降は境内に大御輪寺などの神宮寺が建ち、神仏習合が進み、三輪明神の名で信仰されていました。明治時代に神仏分離令で神宮寺は廃寺になり、神社名も「大神神社」と復され、官幣大社となりました。摂社の狭井神社(さいじんじゃ)社務所で申込み、規則厳守で三輪山に登拝することができます。
(奈良まほろばソムリエの会会員 藤永泰雄)
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