奈良墨は奈良市で生産され、現在、固形墨の国内シェア90%強を占め、経済産業省に伝統的工芸品に指定されています。
わが国で最初に墨について書かれた文献は『日本書紀』で、610(推古天皇18)年、高句麗の僧・曇徴(どんちょう)により製法が伝来。飛鳥時代以降、仏教の布教や朝廷の事務などで需要が高まりました。
奈良墨は室町時代、財力豊かな興福寺の二諦坊(にたいぼう)で灯明(とうみょう)の煤(すす)を用いて作られた「油煙墨(ゆえんぼく)」が起源とされ、それまでより、はるかに濃く、艶があり、「南都油煙」と呼ばれ、全国に流通しました。
しかし、時代の流れで寺社お抱えの墨職人は独立し、墨の商いをするようになりました。その代表は1577(天正5)年創業の古梅園(奈良市椿井(つばい)町)で、現在も製法は受け継がれています。
窓のない蔵で菜種油などの量で炎を加減、土器に付いた煤を採ります。そして動物の骨や皮から生成した上質の膠(にかわ)の溶液と香料を混ぜ、手足で練り、木型に入れます。次に木型から取り出して、灰で乾燥。さらに藁(わら)でくくり、天井からつるし、自然乾燥させます。最後に磨きをかけ、金粉や顔料などで彩色する匠(たくみ)の技が今も続いています。
墨で書いた文書が1000年以上も保存できるからこそ、日本の歴史は現代に伝わりました。今も奈良墨は書道、写経で大切に使われています。
今年は奈良墨をすって、香りも楽しみつつ、年賀状を書いてみてはいかがでしょう。古梅園では11月~4月に予約すれば、「にぎり墨体験」ができ、墨の製造過程も見学可能です。
(奈良まほろばソムリエの会会員 増田優子)
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