漫画のルーツとされる「信貴山縁起(しぎさんえんぎ)絵巻」は3巻からなる国宝の絵巻。信貴山朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)の中興の祖・命蓮(みょうれん)上人の霊験譚(れいげんたん)が語り継がれ、平安末期に描かれました。
一巻の「山崎長者巻」は命蓮の法力によって、托鉢(たくはつ)の鉢に乗せた長者の米倉が信貴山へ飛んで行くという不思議なお話です。絵巻の冒頭で米倉の扉が開き、転げ出た鉢が倉を乗せて浮き上がる、てんやわんやの場面は見る者を引き込みます。空を飛ぶ倉を慌てて追いかける人々の前のめりの姿と、おどけた顔、手足の動きも表現豊かです。
二巻の「延喜加持(えんぎかじ)巻」では、醍醐(だいご)天皇の病気平癒の祈とうを請われた命蓮が加持を行い、「剣の護法(ごぼう)」を宮中に遣わすと、帝(みかど)の病気が全快します。韋駄天(いだてん)走りで空を駆け抜ける毘沙門天(びしゃもんてん)の使いの護法童子(どうじ)。その速さを長く引かれた飛雲で表します。時間の経過や動きの多様さに驚きます。
三巻の「尼公(あまぎみ)巻」は、命蓮の姉の尼公が弟の消息を訪ね、信濃から大和に向かいます。東大寺大仏殿に参籠(さんろう)した尼君は、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)から弟の住む方角を暗示され、20年ぶりに再会を果たすことができました。ここに描かれた大仏殿は、1180(治承4)年の南都焼討(なんとやきうち)で焼失する前の、創建当初の姿を描いた、現存する唯一のものです。
絵巻は奈良国立博物館に寄託しており、毎秋、一部が同寺の霊宝館で里帰り公開されます。2022年は寅(とら)年で特別に3回公開の予定(一巻4月2~17日、二巻8月6~21日、三巻10月8~23日)。複製品は霊宝館で常時展示されています。
(奈良まほろばソムリエの会会員 島田宗人)
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