保存継承グループ 「うたの秋祭り」(宇陀市)見学記

(惣社水分神社から宇太水分神社への神輿(みこし)渡御(とぎょ)祭を中心に)

「うたの秋祭り」と言えば、毎年10月の第3日曜に、宇陀市の古市場にある宇太水分神社の境内で6台の大きな太鼓台が練り回す、あの賑やかな祭りかと想像される方が多いと思います。しかし、そこには連綿と伝わる神輿渡御祭がありました。
今回は惣社水分神社から宇太水分神社までの神輿渡御行列を追いかけてみました。
平成29年10月15日(日)は早朝から終日、本降りの雨で被写体には雨除けのカバーや雨具を付けていますので、写真の映りが悪いことをお断りしておきます。

(1)宇陀市の芳野川沿いの水分神社(上流から)は3社あります。
 ・惣社水分神社(上社):鎮座地 宇陀市菟田野上芳野(ほうの)698(鳳輦(ほうれん)神輿(みこし)は重文)
 ・宇太水分神社(中社):鎮座地 宇陀市菟田野古市場245(3本殿は国宝)
 ・宇太水分神社(下社):鎮座地 宇陀市榛原下井足水分山635
今回、お渡りを行うのは上社と中社間です。

(2)神輿渡御祭の由来
起源は平安時代まで遡ります。上芳野(芳野川の上流)に位置する、惣社水分神社(上芳野)の速秋津姫(はやあきつひめ)命が夫君である宇太水分神社(古市場)の祭神、速秋津彦(はやあきつひこ)命にお会いになるため、神輿に乗って往復12㎞の道のりを渡られるというロマンティックなお祭りです。
これがすなわち神輿渡御祭として今に伝わっているお祭りです。

(3)10月15日(日)の神輿渡御行列の行程
7:30 惣社水分神社には、上下姿の地元の役員がすでに集合しています。

惣社水分神社前

7:40 芳野地区の太鼓台(重さは約2トン)が惣社水分神社前に持ち込まれ、100人以上の人々が参加して出発式を行う。
8:00 惣社水分神社前から芳野地区の太鼓台が宇太水分神社に向けて出発。

芳野地区の太鼓台

8:30 速秋津姫命の乗られた鳳輦神輿(以下神輿という)が数十人の人々と共に惣社水分神社を宇太水分神社に向けて出発。(この神輿はレプリカを使用。重文の本物は収蔵庫)
行列には10本の毛槍(1本が1万石を表すそうです)、花笠、先箱、宝箱などが含まれ、江戸時代の大名行列の形式をとっています。

10本の毛槍の先導
鳳輦神輿

9:15 下芳野の藤村家住宅で休憩。途中、手振り槍振りを行う。藤村家住宅(所有者は藤村高史氏)は宝永年間からの大庄屋で約500年の歴史を誇る大和棟の立派な住宅。昔はこの家から長谷寺まで自分の土地を通って行けたそうです。

宝永年間から500年続く藤村家で休憩
同 案内板

10:30 中間地点の菟田野東郷の勝林寺(しょうりんじ)前に到着し宇太水分神社の迎えを待ちます。
11:30 宇太水分神社の神職と氏子らは勝林寺前まで神輿の女神を迎えに行き、秘撰(特別なお供え)として化粧品と栗を神輿に供える。女神はそこでお化粧をするらしいです。

宇太水分神社からのお迎え
秘撰(栗と化粧品)は鯛の手前

12:00 勝林寺前を出発し、松井の天神社前で祭典と槍振を行う。
13:30 古市場の地蔵の辻前で槍振を行い、宇太水分神社に向かう。
(4)宇太水分神社境内
12:00~14:00 勇壮な太鼓台(宮本、岩崎、松井、佐倉、宇賀志、芳野の6基)が順次境内に入り、練り回す。

順次、境内に入った太鼓台が練り回す

14:00 ごろに神輿渡御行列が芳野からの太鼓台に先導されながら到着。神社境内は最高潮の盛り上がりに。拝殿に神輿を奉納し前日までにそれぞれ例祭を行った各地区の郷社26社の御幣を本殿に奉る。各地区の氏神が揃ったことを示します。
その後、神輿著御の儀(惣社水分神社の女神様が宇太水分神社の男神様のところへお渡りになったことを告げる祭典)が行われる。まず、神輿を本殿の脇にある夫婦杉の根元に奉安し、その後当社宮司が本殿に向かって、惣社宮司が神輿に向かって、それぞれ同時に祝詞を奏上するという珍しい神事が行われます。

神輿渡御行列が境内に入場
神輿を夫婦杉の根元に奉安する
惣社宮司が神輿に向かって祝詞奏上

15:00ごろから還幸の儀(退出):芳野太鼓台→神輿渡御行列→佐倉太鼓台→宇賀志太鼓台→松井太鼓台→岩﨑太鼓台→宮本太鼓台の順に各地域に帰っていき終了となります。
大雨の中、ずぶ濡れになりながらの力強い地元の人々の協動作業は、地域のつながりと、伝統を守り継承していこうとする熱い心意気を感じるお祭りでした。

保存継承グループ(文)亀田幸英、(写真)鈴木英一・亀田幸英