まほろば歳時記

1月 正暦寺の南天

これは正暦寺、本堂への石段横の石仏前の南天です。
「ナンテン=難を転ずる」から、縁起のいいものとして庭に植えられることが多い南天。
赤い実が思い浮かびますが、葉には咳を鎮める効能があるとのこと。 そういえば「南天のど飴」というのがありますがこのことだったのですね。
正暦寺と言えば、秋の紅葉が有名ですが、この南天や、秋名菊など、四季の花が楽しめます。
また、参籠所では住職の奥さまが山菜や近くで採れた季節の野菜を使った「精進料理」をいただけます。

2月 般若寺の水仙

般若寺といえば、秋のコスモスがあまりにも有名ですが、この時期、境内のいたるところで水仙が見られます。
本堂を囲むように立ち並ぶ西国三十三観音石仏を清楚な花が飾ります。
境内には近年、子規や秋桜子などが般若寺や奈良坂を読んだ19の句碑・歌碑が立てられています。
季節の花を眺めながら、これらの句や歌が詠まれた風景を思い浮かべるのも楽しいのではないでしょうか。

3月 賀名生梅林

ソムリエの皆様なら、すでにご承知の「奈良三大梅林」の一つ五條市西吉野にある「賀名生梅林」。
都を追われた後醍醐天皇が吉野に向かう途中に立ち寄った「賀名生皇居跡」とされる 重文「堀家住宅」を見下ろす山の斜面を、約2万本の梅の花が埋め尽くします。
五条市のHPによると、700年前の公家たちもこの梅を歌に詠んでいるとのこと
難を避け、この山里に入った南朝の天皇も、この梅を見たのでしょうか。

4月 屏風岩前の山桜

今年は春の開花がずいぶん遅く、新聞の梅便りも、奈良の名所が満開になる前に掲載が終わってしまいました。
この分では桜も例年より遅れるのではないでしょうか。
この桜は、曽爾村にある柱状節理「屏風岩」の前を埋め尽くす山桜。
延々と続く切り立った断崖の雄々しい光景を、やわらかなピンク色が和らげます。
咲く時期が平地よりかなり遅いので、この「花だより」が終わる4月下旬ぐらいが見ごろではないでしょうか。
曽爾村には「屏風岩」「兜岳」「鎧岳」など、低地では見ることの出来ない火山性の奇岩・奇景が随所に。
まだ行かれていない方もぜひ、一度訪れてください。

5月 春日大社の藤

奈良の春を代表する花と言えばやはり「藤」。
「春日大社」では氏神としてきた藤原氏にちなんで、「社紋」に「下り藤」、御巫(みかんこ)の額にも藤が飾られます。
春日大社で藤といえば境内回廊内にある「砂ずりの藤」が有名ですが、最近では年によって砂に届かないことも。
そんな時は、参道左側にある「万葉植物園」へ。約200本の様々な種類の藤が訪れた人を圧倒します。
藤波の 花は盛りになりにけり 奈良の都を 思ほすや君(大伴四綱 3-330)

6月 矢田寺の沙羅双樹

この季節、矢田寺(金剛山寺)といえば「紫陽花」ですが これは、本堂へ向かう境内右側にある「大門坊」前の「沙羅双樹」。
釈迦入滅のときに四辺にあったいわれる木です。
本来の沙羅双樹(フタバガキ科)は、釈迦が生きたインドから東南アジアの亜熱帯に生息し、 日本では自生しにくいため、代わりに、ツバキ科の「ナツツバキ」を沙羅双樹と呼ぶ ことが多いようです。
平家物語の冒頭に「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」とあるように、はかない花のイメージがありますが 矢田寺で、一面に咲く色とりどりの紫陽花を見たあとでは、その白い清楚な姿に安らぎを感じます。

7月 喜光寺のハス

「蓮は泥より出でて泥に染まらず」と中国の成句にあるように「ハス」はその清浄さから仏の智慧や慈悲の象徴として「蓮華座」「常花(じょうか:仏堂におかれるハスをかたどった造花)」など仏教ではさまざまに取り入れらています。
これは、行基入滅の寺とされる「喜光寺」のハス。本堂前の境内に多数の鉢が並び、その清らかさを競います。
本堂は「試みの大仏殿」とも言われる、裳階を持ち重層にも見える室町時代の復古建築。
天井の高い内部に入ると、丈六の阿弥陀仏が小さく感じられます。
喜光寺は近年、南大門や写経道場などが新築され非常に明るく整備されました。阪奈道路の喧騒から一歩入った静けさの中で「いろは写経」が行なえます。

8月 元興寺の桔梗

桔梗(ききょう)は、山上憶良が秋の七草を詠んだ万葉集(8-1538)に出てくる「朝貌(あさがお)の花」のこと。
英語名は「balloon flower」、花が5つに分かれて開く前の様子が、風船みたいだからでしょうか。
これは、奈良町・元興寺の桔梗。国宝の禅室横にならぶ石仏を、紫や白の桔梗が清楚に彩ります。
ここに限らず、名所とされる花々は、さまざまな人の手によりきめ細やかに維持管理されています。感謝の気持ちを忘れずに鑑賞しましょう。

9月 仏隆寺周辺の彼岸花

普段、何気なく歩いている田んぼのあぜ道に、秋の彼岸の季節に鮮やかに開く彼岸花。
生きている私たちに、先祖を供養する心を思い出させる自然のメッセージでしょうか。
仏隆寺へ登る石段の周りも一面の彼岸花が真っ赤に彩ります。
仏隆寺の境内には珍しい“白い彼岸花”も。ぜひ一度、訪れてください。

10月 般若寺のコスモスと石の如意輪観音さん

コスモスは西洋の花なのに石の仏さんを愛(め)でる花のようです。
ひょっとすると日本の菊が西洋に渡って、里帰りして散華となって舞ったのかもしれ ない。秋の空に舞う散華は、やはりコスモスより秋桜がいい。
もう、日本の秋の空に、なくてはならない花になっています。
いつも、片膝立てた如意輪観音さんは妖麗で艶かしいのに、小春日和の秋桜に抱かれ た般若寺の石の如意輪さん、頬ずりしたくなるほど愛(あい)くるしい。
「コスモスの 花あそびおる 虚空かな」高浜虚子

11月 白毫寺の秋明菊

丸いつぼみが開くと清楚で妖艶な花模様を見せる。名前は「菊」でもキンポウゲ科。京都貴船山 で自生するので別名「貴船菊」。満開の菊に似ていなくもない。秋の観菊会のころに開花を迎える。
白毫寺で、生駒山、平城宮、興福寺五重塔、奈良町と眺め戻して、本堂の秋明菊一輪を愛でると、なよなよとした茎がゆっくり振りだし、眺めているよう。
まさしく仏の白毫に添う香華。秋の一切経寺は声明するように萩が咲き、阿弥陀様には、楚々として秋明菊が寄り添っている。
「観音の 影のさまなる 貴船菊」阿部みどり女

12月 弘仁寺の葡萄柿

葡萄柿は実が巨峰の一粒大で、別名「信濃柿」
柿と奈良は深い縁がありますが葡萄柿はめずらしく、静謐な境内から虚空に向かうお堂を背に、赤い実が数珠を繋いでいます。理ありげな紅葉です。
葡萄柿は渋柿で信州ではよく観られ冬に向かって甘くなります。豆柿、小柿などと呼ばれお茶受けにもなります。
また「柿」は冥界との境に立っていると伝承があり、冥界と行き来をしていた小野篁創建の弘仁寺なら、葡萄柿に隠れた伝説があるような気になってきます。
「豆柿を、こころみて渋大いなり」皆吉爽雨