先月広報部員になりました兵庫県民”まりも”です。
奈良在住期間よりも兵庫在住期間の方が長くなってしまいました(;_;)
ー奈良に帰って毎日奈良の野山をかけめぐるーのが夢です。
広報部の活動を通じて、情報交換がしやすい環境をつくりたいと願い、先月部員に志願しました。
奈良の生家でしていることを外からの視点で眺めると興味深いことが多々あります。
まずは”蛇”と”百足(ムカデ)”について。
家の者は決してしませんが、飼い犬が蛇を殺めてしまったりしたらそれはもう大事です、すぐに三輪さんに”おあやまり”に参ります。
三輪さん信仰は非常に強く、その神の使いですから「巳さん(みぃさん)」と呼び、「今そこにみぃさん、いてはった」といったような敬語を使います。
曾祖母は若いころ兄の病気平癒を祈念し、三輪さんで水行をした折、白い巳さんが滝を上がっていくのを見、その日を境に病気は快方に向かったという話を何度も聞かされました。三輪さんは聖地ですから、お参りするときは「清めの塩持った?ゴミすてたらあかんよ。手洗いも境内では行かへんほうがいい」と細かい指示がでます。
ムカデの扱いも興味深いです。うっかりムカデを退治してしまったりしたら、今度は信貴山へ”おあやまり”に参ります。
ムカデは毘沙門天の使いだということで、信貴山の本堂の扁額にも左右に長い巨大なムカデが描かれていますよね。
私はこの毘沙門天とムカデの関係がよくわからないのです。一説にはお金のことを”お足”というのでムカデはそのお足が多いので財宝神の毘沙門天の眷属になったと説明されますが、どうもピンときません。毘沙門天はその風貌からも日本では武神としての性格が強いように思い、その場合ムカデの”後退しない”ところが勇ましくて眷属になったのでしょうか?和銅発見の秩父の聖明神社に元明天皇がムカデの像を奉納されていることとは関連あるのでしょうか?
・・・と当ブログがこのような疑問にお答え、ご意見いただける場になればいいな、と思っています。
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別に正解でなくていいのです、「こんなことを聞いたよ」とか「こんな疑問もある」など気軽に投稿していただけるといいと思います。
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奈良が日本の中心であった時代のことは私のような素人でも勝手な想像を許される余地があり、それが奈良学の楽しさだと思います。
是非いろんな謎解きをみんなでしていきませんか?