女性サークル 金魚マイスターが案内する秀長の城~郡山城と城下町
2026年3月6日
寒さもゆるみ梅の香に春を感じる3月初め、ソムリエンヌ11名が、大河ドラマで話題の大和郡山へと繰り出しました。案内してくださるのは当会の大江弘幸さん。大和郡山市在住で「金魚マイスター」の資格をお持ちです。
これまで何気なく訪れていた郡山ですが、「秀長さんがつくった城下町」をあらためて見直し、金魚すくいも体験できるとあって、期待感が高まります。さあ、近鉄郡山駅から出発です。

「大和郡山の城下町は江戸時代の地図で歩けます」と、大江さん。
郡山の城下町は近代になっても土地区画整理がされず、昔からの道路や水路がそのまま残っており、秀長さんがつくった城下町の姿を体感しながら歩けるとのこと。現在、堀は埋められ道、公園、細い水路へと変貌し、武家屋敷などは新しい民家や事業所に置きかわってはいるものの、町割りはそのままということです。
古地図を手にタイムトリップ…ちょっと、わくわくしてきます。
さっそく古地図を見ながら歩いて行くと…現在はほぼ溝にしか見えない細い水路も、絵図に照らせば町を守る重要な堀の一部であった様子がみえてきます。
中堀跡を越えて町人のまちへ
近鉄郡山駅からJR郡山駅にかけての城下町東南部は、秀長さんが商人たちを集めて住まわせた町人のまち。
柳町を通って紺屋町へ入ると、赤い金魚のオブジェが。金魚すくい道場のある「こちくや」さんです。
大和郡山といえば金魚。金魚は江戸時代、柳澤吉里が甲府から郡山入りの際に持ち込まれ、以後養殖が盛んとなり、昭和半ばに全国一の生産量を誇りました。現在も金魚すくいの和金の生産は大和郡山がトップとのこと。
郡山に来たからには金魚の魅力からも目が離せません。
各自2つずつのポイを手に、いざ金魚すくい道場へ。こちくやのご主人からルールを教わり、金魚すくいのコツを丁寧に実演いただきました…が、相手は生き物、追えば逃げ、焦って動けば、あっというまに我がポイは無残な姿に。金魚すくい選手権の強者がわずか3分間で40~50匹もすくうなんて信じられません。気を取り直して2つ目のポイで慎重に慎重に…静かな格闘の末、時間をかけて何とか数匹、という戦果でした。
それにしても、ポイを握れば真剣そのもの、誰をも一瞬で夢中にさせ、懐かしくも楽しい「金魚すくい」は、なんと繊細で奥の深い遊びでしょう。


箱本館から外堀へ
こちくやさんの並びの箱本館は、その名も「紺屋町」にある藍染め商人の町家を利用した施設。
箱本制度についての資料が展示され、秀長さんが城下に商工業者を集めて独占営業権や自治権を与え、強力な城下町振興策を進めたことがよくわかります。城下町の中に商人を取り込み(=南都の寺社勢力から引きはがし)、民間活力を利用してしっかり税収を確保して、郡山という都市を大和の中核拠点につくり上げていった手腕は、さすが、財務に優れた秀長さんですね。

そんな秀長さんの思惑を頭の隅に置きつつ歩けば、豆腐町、材木町、茶町、雑穀町、奈良町、藺町といった、今も残る箱本十三町の地名が次々と目に飛び込んできます。当時はさぞ活気に満ちていたことでしょう。
ところで、今井町の一角には「修羅と石」が展示され、城造りに欠かせない巨石の運搬作業の現場が再現されていました。城づくりの苦労がしのばれる、リアルな展示でした。
外堀を歩く
江戸時代の地図で青く塗られた外堀は、秀長さんのあと、増田長盛が完成させたものですが、今では外堀公園の広い遊歩道。端に狭い水路が確保されているのみです。城下町東端の外堀から北には鍛冶町大門(跡)が見え、門の前の東西の道は平城京の羅城門跡に続く九条大路です。つまり、城下町は平城京南西部を取り込んだ場所につくられていることがわかります。
さて、私たちは古地図上の外堀(の上)を南下、町人のまちの外周を歩いていきます。
そこで大江さん、「外堀の所々に設置された大門(跡)付近には、必ず社寺が位置しています」
敵が攻め入ってこようとする際、兵たちの駐屯地として使われていたそうです。なるほど、外堀公園の内側には随分お寺が多いと感じていましたが、そういうことだったのか… 特に、高田大門(跡)に近い薬園八幡神社の裏門付近は堀に面して土地も小高く(お土居(どえ))、敵を狙うには格好のポイント。これは実際にその場所に立ってみて、大いに納得しました。


さらに外堀南端へ。そこは絵図では町人エリアへの入り口、柳町大門があったはず…ですが、かつての大門の跡はなく、うっかり見落としてしまいそうな小さな碑が建つのみ。しかしここにも郡山八幡神社の南側にお堀の痕跡を確認、古地図との一致を見つけて少し感動しました。
ランチはイタリアンレストランへ
東南部の町人エリアをひととおり歩いたら、目指すは石窯ピザが美味しいと評判の「サンプーペー」。
柳町商店街(金魚ストリート)を北上し、大工町へ入ると住宅街のなかに突然、お洒落な建物が現れます。
古地図の世界からいきなり現代に戻って来たようです。
お料理は、ピザの美味しさはもちろんのこと、丁寧に作られ彩りよく盛り付けられた前菜から、最後のドルチェまで、申し分のない美味しさでした。4種類から選ぶドルチェは、ティラミス、クレームブリュレ、生チョコケーキ…全て美味しそうで、次回また別のものを!と思いました。大変居心地のよいお店で、お料理をゆっくり味わいながらおしゃべりに花が咲き、十分すぎるほどの充電ができましたね。


いよいよ城内へ
腹ごしらえも十分に、私たちは柳町を北へと進みます。突き当たる東西の道は大手筋。正面は大和郡山市役所ですが、その入り口付近に大手橋が残り、西へ進むと交差点には柳御門(跡)の大きな石垣。この交差点こそが、城内への第一関門、敵の侵入を防ぐための「桝形」施設だったのですね。今まで知らずに何度も渡っていた交差点が、大江さんの説明によって、厳めしい防御施設として立ち現れ、私たちソムリエンヌは城への侵入者、攻撃される立場⁉となるのです…
「ここを無傷で通過できる侵入者は、いなかったでしょう」
大江さんの声を耳にしながら私たちは第一関門をくぐり抜け、武家屋敷跡(五軒屋敷跡)を横目に、次の関門へと歩を進めていきます。
大河ドラマ館
もうひとつの関門(桜御門(跡))は目の前ですが、手前のやまと郡山城ホール内に「大河ドラマ館」がオープンしたと聞けば、寄らずにはおれません。パネル展示で現在進行中の大河ドラマの場面を反芻し、いずれ仲野太賀、いや、秀長さんが郡山城に入り、町を大規模に整備・繁栄させていく様子まで描かれるのだと思うと、何だか誇らしい気分です。私たちはたった今、秀長さんがつくった総構えの城下町の姿を歩いて確かめてきたばかり。より親近感と現実感を持って展示を楽しみました。

いくつもの関門をかいくぐって
やまと郡山城ホールの北西向かい、桜御門(跡)もまた、その横をたびたび通っていたにもかかわらず、そこが重要な関門(桝形施設)であったことに、これまで全く気づいていませんでした。認識をあらためて見れば、左右の重厚な石垣の間に築かれた門が浮かび上がり、私たちを見下ろしています。
「ここを通過できたとしても血まみれです」
再び大江さんの声が飛びます。桝形に入って来た侵入者なぞ、上から狙い放題ですからね。
「そもそも、普通に侵入者はこんな門のあるところからやってきません」
そんな声を聞きながら、私たちへなちょこ侵入者は堀を渡り、さらに同じく桝形を持つ鉄御門(跡)を(無事?)通過し、追手門に向かいます。万一ここを通過できたとして…そしてもしも奇跡的に内堀を無事に渡ることができたとして…ようやくようやく本丸の表門・白沢門にたどり着くことができるのです。
全く、命がいくつあっても足りない、ということがよくわかりました。


天守
丘陵頂部に位置する天守台。ここには豊臣政権期に築かれたと考えられる5層の天守があったことが推定されています。
見渡す眺めは格別。奈良盆地を一望し、寺社勢力の象徴である興福寺や東大寺をも視界におさめる眺望です。
『大和の主は豊臣で、その中心は郡山である』─ このことを国中に知らしめるべく、秀長さんは、筒井順慶が築いた郡山城を、畿内統治の拠点にふさわしい城へと大規模に整備したのではないでしょうか。
眼下には、今歩いてきた城下町。私たちはそこで、秀長さんがまちづくりの中に工夫を凝らした様々な経済振興策の姿を見、同時に、厳重な城の守りの実態をひしひしと体感してきました。
秀吉の補佐役として位置づけられ、自身が主役として注目されることはあまりなかった秀長さんですが、ここでは秀吉の気配はほとんど感じられません。それどころか、郡山は秀長さんが自分の政治を行う場所として整備した、秀長カラー一色と言えるほど彼の知略がいっぱい詰まった城下町。まさに秀長ファンにとって彼の魅力を存分に感じ取れる「本丸」ではないでしょうか。

再び、厳重なる門を抜けて帰途へ
天守台を後にして、こんどは南門方面に抜けるべく城内を移動します。が、こちらもまた竹林門(跡)、松蔭門(跡)と、複数の厳重な守りの拠点を通過せねばなりません。途中目にする、威容誇る野面積みの石垣には多くの転用石を確認でき、秀長さんの城整備が効率重視で行われたことがわかります。合理的な考え方を持つ秀長さんゆえ?…ともかくすさまじい勢いで城が築かれたのだと、想像力がかきたてられます。
城外へ出る最後の門、かつては鉄壁の構えであった南御門(跡)も現在は碑が残るのみ。その南門を移築した永慶寺の山門(現存する唯一の郡山城の遺構)を見学し、武家屋敷(現在は住宅街)が立ち並んだ道筋を歩き…私たちは古地図の余韻を残したまま、帰途へつきました。
古地図をもとに歩けば面白そう!とワクワクしながら出発した遠足は、予想に違わず、いや、予想以上の面白さ、まるでタイムカプセルの中を行くようでした。
途中興じた金魚すくい、前菜からドルチェまで全てが美味しいイタリアン、話題の大河ドラマ館と、今と昔を行きつ戻りつ…秀長さんの町づくりをぐっと身近に感じながら、郡山の魅力もたくさん味わえた、とても充実したツアーでした。
案内してくださった大江さん、素敵な企画をしてくださった女性サークル(ソムリエンヌ)代表・本田さん、ありがとうございました。
女性サークル 文・西 慶子 写真・本田倫子、森川祐美

