佐保・奈保山を巡る -記紀万葉サークル4月14日例会-

穏やかに晴れた日曜日。総勢25名で聖武天皇・光明皇后ゆかりの地を巡りました。今日の案内役は伊藤さん。大きな、よく通る声、特徴ある帽子、歯切れのよい説明は聞いていて心が弾みます。
 まずは、「南大門」。飛鳥、吉野とは違って外国人観光客が目につきます。重源の渡宋のこと、周防産の18本の通し柱、大仏様(天竺様)の話を伺いました。続いてお隣の「東大寺ミュージアム」に入館しました。特別展なので入館者でごった返しているかと思いきや、ひっそりとした館内で、「陽剣」「陰剣」の太刀2振りの発見の様子がよくわかりました。ただ、主の不空羂索観音がいなくなり、日光・月光菩薩の二体では役不足を感じたのは私だけでしょうか。
 「中門」から「大仏殿」に沿うように、猫段を眺め「講堂」跡を通り「正倉院」へ向かいました。道中は頻繁に車が通り抜け、事故を気にしながらのウォークで、大仏様は世界遺産として有名ですが、境内の交通量もそのうち有名になるのではないでしょうか。「正倉院」は、改修中で見学はできませんでしたが、正倉の意味や庶民目線での3%税(租)のリアルな説明も共感を覚えました。また、この辺りの遅咲きの2本の枝垂桜も満開で見事でした。
 大仏池を通り「転害門」へ行きました。平城京南一条大路に対面し奈良時代の面影を残す格式ある堂々とした国宝建築には感心しました。余談ですが、この辺りから奈良豆比古神社へのコースは、ソムリエ試験(記述)にヤマをはり、現地を歩き、校正を重ね、見事に外れた因縁のコースです。それだけに「北山十八間戸」「夕日地蔵」「奈良少年刑務所」「般若寺」などは、私なりの文章が浮かんできて、自身の記憶力もまんざらではないと自負しました。

北山十八間戸を見学する
奈良少年刑務所を見学する

 この「夕日地蔵」での2つの出来事を紹介しておきます。
 一つは、田中リーダーがその場で1枚のペーパーを皆に配り、内田康夫著「奈良山を越えた女」のプロローグ部分を紹介されたのが、印象に残っています。この小説あるいは、奈良山越えの京街道への思い入れがあるのか、一度聞いてみたいものです。
 二つ目は、参加者の人数確認をすると何と26名います。何度数えても26名。すると後ろのほうから“うら若くない”一人の女性が「一緒に説明を聞かせていただいています」との返事。この会のこと、入会方法などをお教えし、暫くの間ご一緒しました。その女性とは途中でお別れした後、「眉間寺」跡を訪れました。
 続く「西安の森」ではこの地を藤原不比等の墓と考えれば面白いとの案内人の見解も聞き、鴻ノ池運動公園で昼食。

 午後は、奈良ドリームランドの痛々しい現状を横目に、生後すぐに亡くなった聖武天皇の第一子、基親王の「奈保山墓」へ参拝しました。墓の四隅に配した獣頭人身像の印刻は、「キトラ古墳」の十二支像に似通っており、調べたら面白いかもしれません。元明・元正天皇の両陵を拝し、健脚組は徒歩、私たちはバスで移動し聖武・光明皇后陵を参詣しました。終点は奈良女子大学。“奉安庫”についての説明も、案内役が元教師ゆえの知識、表現力によって、ただただ感心して拝聴するのみでした。

集合写真「元明天皇陵にて」

 およそ5時間足らずのコースでしたが、ソムリエを目指すプレソムリエの方々と試験勉強の話をし、体験学習のおすすめプログラムなども聞かれ、楽しい一日の締めくくりとなりました。

聖武天皇陵から帰途に

記紀万葉サークル 日置雅夫 記
(写真:田中昌弘)