保存継承グループ「祭礼見学」(2025年9月1日) 放生会を参拝し「いのちの重み」と「食品ロス」を考える

保存継承グループのメンバー4人で斑鳩町にある吉田寺(きちでんじ)さんの放生会を参拝しました。

放生会というのは、捕獲した鳥獣や魚を野や池に放し、殺生を戒める宗教儀式で、奈良県内では、吉田寺さんのほか奈良市の興福寺さんで行われているのが有名です。
吉田寺さんの放生会は、毎年9月1日に開催されています。たくさんの鳩を大空に放すところから、別名「鳩にがし法要」とも呼ばれています。

国道25号にかかる「ぽっくり往生の寺 吉田寺」の看板

吉田寺さんのご本尊は阿弥陀如来様で、ポックリ往生の霊験があるとの信仰から「ぽっくり寺」の名でも親しまれています。起立されたときの高さが一丈六尺(約4m80cm)ほどの丈六阿弥陀如来像(重要文化財)です。
天智天皇の勅願により建立され、987年(永延元年)に極楽往生を説いた天台僧・恵心僧都源信が開山したと伝わっています。境内西側には、天智天皇の妹で孝徳天皇の皇后である間人皇女(はしひとのひめみこ)を葬ったといわれていわれる古墳があり、石碑も建てられています。お寺の関係者の方の承諾を得て、石碑の近くまで行かせていただいたのですが、彫られた文字はまったく読めませんでした。

古墳に建つ石碑

当グループメンバーは10時30分に吉田寺さんに集合しました。まだ参拝者が集まり始めたばかりだったので、本堂に入り、着座で法要に参加することができました。本堂内には、大きな籠に入れられた“鳩”と大きな袋に入れられた“金魚”が祀られており、奥では金色に輝くご本尊様が存在感を放って坐しておられました。

境内
本堂内

しばらくすると、檀家さんや世話役の方で本堂内はいっぱいになりました。外を見てみると、多くの参拝者で賑わっていて、団体ツアーで来られた方もおられました。
11時に鐘楼の鐘が打たれ、住職を筆頭に約15名の僧侶たちが入堂され、厳かに法要が始まりました。声明が堂内に響くと、声にあわせ、鳩も「ポッポー、ポットー」と鳴き始め、まるで一緒にお経を唱えているようでした。ときには籠から頭を出す鳩がいて、大変ユーモラスな法要です。

籠から顔を出す鳩

読経中に散華がまかれましたが、散華は後からも配られました。頂いた散華を見ると、鳥の羽で作られたものでした。約50分間法要が続きましたが「畜生として生まれ、自らの命を人間に与えたという功徳は報われ、今度生まれ変わるときは、仏となって生まれ変わるだろう。」というような内容に聞こえました。

本堂での法要が終わると、僧侶が全員外に出、本堂前に集まります。僧侶たちが出揃う前に本堂から“鳩”と“金魚”は運び出されており、読経が再び始まるなか、順番に籠の蓋が開けられ、鳩たちは大空へ飛び立っていきます。まっ青な空の中へ、白い鳩が飛んでいく光景は爽快でした。

鳩が大空へ

一瞬のできごとだったので、なかなかいい写真が撮れず残念でした。「(写真を撮るために)来年再チャレンジ」という方もおられるようです。本来ならその後、お寺の参道横にある放生池に移動し、金魚を放流するのですが、なんと放生池が渇水状態で水がなく放流はできませんでした。

渇水の放生池
通常の放生会(2023年1月撮影)

「放生会」という行事は、古くは天武天皇の時代に始まったと言われています。食べるものが十分でなかっただろう時代に、生きるために食べる、そのためになくなっていく命があり、その命の重さ考えようとしたことは、非常にすばらしいことだと思います。今、飽食の時代で、食品ロスが問題となっていますが、このような行事を通して、いのちや食べ物に関する認識をもう一度改めてみないといけませんね。

西ノ京の薬師寺さんでは、食事前“五感の偈”というものを唱えます。食事を作ってくれた方や運んでくださった方すべてに感謝し、自分がこんなたくさんの食事をいただけることに感謝して食するというものです。

吉田寺さん境内に建つ「阿弥陀の法に叶う放生会」と書かれた石碑が印象的でした。

「阿弥陀の法に叶う放生会」と書かれた石碑(2023年1月撮影)

文と写真:保存継承グループ 葛本雅則