万葉集-うけらの花

恋しけは袖も振らむを 武蔵野のうけらが花の色に出な ゆめ
[原文]古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米 (巻14・3376)
[大意]恋しいなら私が袖を振りもしよう。決しておまえは恋心を顔色にあらわしてはいけません。(『日本古典文学大系』)
    恋しかったらせめて袖を振って合図するぐらいにしてほしい。武蔵野のウケラの花のように色に出さずに。(田中澄江著『万葉の花ごよみ』)
   ――――― ・ ――――― ・ ―――――
自宅から歩いて2~3分のところにある万葉関係の市指定史蹟「うけら庵跡」を紹介する。(埼玉県和光市本町16-27付近)
『新編武蔵風土記稿』(1830年完成、全266巻)に「もと墓守の僧を置ん為に作りし庵なりと云、土人の伝えに此辺古へ武蔵野の内にても、わきてうけら野とてうけらの多く生ぜし所なりければ古きを失はじとてかく庵の名とせり、云々」とある。
「うけら庵」の建立は天明(1781~1788)の初期で、鈴木家六代目松蔭の手によるといわれ、六畳二間のものであった。化政期(1804~1830)大田蜀山人、北川眞顔など当時の著名な文人墨客が集まり、詩歌の会、顧客の会などを開き、文化交流の場として栄えた庵であったと伝えている。(現地説明板による)


現在のうけら庵と鈴木家墓地(2011年7月18日撮影)

今のうけら庵は町内会館のような機能で、鈴木家は今も連綿と続いている。
「うけら」は「おけら」ともいわれ、キク科の多年草で春に宿根から若芽を出し約50cm位に成長する。秋に茎の先端に白色またはうす紅色の花が咲く。
→こんな花である-
うけらの名を冠した行事としては上野公園の五条天神社の白朮(おけら)の神事がある。『江戸名所図会』にも記載のある節分祭で、うけらを焚いて煙のたなびく方向によって吉凶を占い、若芽を入れたうけら餅を授けて無病息災を祈願するものである。

by 佐吉多万比古