上総国分僧寺・尼寺と古墳を訪ねて

2月26日(日)午前9時、東京駅に集合して千葉県市原市へ向け出発した。蘇我駅でJR内房線に、五井駅で小湊鉄道に乗り換え、上総村上駅に到着して歩き始める。
最初の目的地は諏訪台古墳群である。弥生時代中期の方形周溝墓から古代の墓まで墓の築かれ続けた遺跡で、古墳時代の墳墓は170基が発掘されている。

諏訪台10号墳 円墳 径約40m

上総国分僧寺跡には江戸時代に復興された国分寺(真言宗豊山派)が金堂・講堂跡付近に建っているが、伽藍区域は保存地区として保存されている。しかしまわりの付属施設(政所院、講師院、僧坊、花苑など)を合わせた寺院地は南北約478m、東西は中央部で345mあり、約139,000㎡の面積であったことが外郭溝の発掘でわかっている。

高さ60mあったとされる七重塔の礎石
遺構位置を示す復元柱のある西門跡

神門(ごうど)5号墳は全長38.5m、高さ5mのいちじく形で、3世紀後半に築造された前方後円墳の先駆けとなった古墳である。

北側から見た神門5号墳(前方部は右側になだらかに下る)

上総国分尼寺の寺院地は南北372m、東西が北辺で285m、面積が約123,000㎡あり、今のところ国分尼寺としては諸国最大で大和法華寺に匹敵する規模である。

史跡上総国分尼寺跡展示館にある復元模型
創建時の工法で復元された中門と回廊
復元された灯籠と金堂基壇・須弥壇

稲荷台1号墳記念広場は昭和52年に話題となった「王賜」銘鉄剣が発掘された場所である。実際の古墳はすでになく、3分の1の大きさで墳丘を復元してある。鉄剣は5世紀中頃の古代国家成立期における畿内と東国の結び付きを知る資料となっている。

1/3復元墳丘と説明板

ソムリエ交流部会関東サークル 奈良を感じるツアー第2回の速報でした。詳しくは後日ホームページで報告いたします。