日本書紀・ミステリアス!飛鳥の宮跡をたどる」

実施日 2020年 10月24日 (土)

神武天皇以来、古代の天皇は代替わりごとに宮を移し、在位中にも遷宮を繰り返していました。飛鳥に点在する天皇の宮跡やその伝承地を訪ね、はるか昔に想いを馳せようというのが今回のテーマです。
行程
近鉄橿原神宮前駅集合⇒橿原公苑⇒豊浦宮跡→小墾(治)田宮跡→甘樫丘休憩所(昼食)→遠つ飛鳥宮跡→近つ飛鳥宮跡→飛鳥宮跡→川原宮跡→亀石→近鉄飛鳥駅解散
(徒歩約6km)
爽やかな秋晴れの下、38名の方に参加を得て、スタッフ12名と共に、6班に分かれて上記コースを巡りました。以下にそのガイド風景をご紹介します。

橿原神宮前駅に到着した参加者を橿原公苑の講演会場に案内して、木村三彦講師による講演「宮殿について(飛鳥の宮跡をたどる)」を聞きました。歴代の天皇の宮の所在地や現状の詳細な説明を神妙な面持ちで聞いています。

気持ちの良い秋晴れの中を各班に分かれて順次出発です。途中の丈六の交差点では丈六の由来や中臣鎌足を供養した厩坂寺のいわれを紹介しながら、第八代孝元天皇の御陵のある剣池に到着です。

向原寺の境内下には推古天皇の豊浦宮跡、更にその下に日本で最初に仏像を祀ったといわれる蘇我稲目の屋敷跡が発掘されました。飛鳥では珍しい発掘された状態で見ることのできる貴重な遺跡です。

遣唐使の小野妹子が答礼使の裴世清を伴って帰国、聖徳太子が海拓榴市で出迎えられ、旧山田道を通って小墾田宮に入られたと伝わります。又、この道沿いにある小字ミカドの地が第19代允恭天皇の遠つ飛鳥宮とする説もあります。

第23代顕宗天皇の八釣宮跡にある弘計皇子神社。うっそうとした森の中の小さな祠で、数奇な運命をたどられた天皇が祀られています。祠の横を曲水の宴が開かれたと伝わる小川が流れています。

飛鳥宮跡

代毎に遷宮していた天皇の宮が初めて同じ場所に建てられた場所で、最近まで伝飛鳥板葺宮跡と呼ばれていました。
飛鳥岡本宮 第34代舒明天皇、飛鳥板葺宮 第35代皇極天皇、後飛鳥岡本宮 第37代斉明天皇、飛鳥浄御原宮 第40代天武天皇・第41代持統天皇と歴代の天皇の宮跡が地下に眠っています

川原寺

第37代斉明天皇は板葺宮で即位しましたが、火災の為一時的に川原宮に遷りました。天智天皇が母の斉明天皇を弔うために建立した川原寺の跡から、川原宮の石組が発掘されました。

飛鳥駅

全員無事に飛鳥駅に到着しました。皆様お疲れさまでした。