保存継承グループ 橿原市久米町 久米寺「練供養」見学記
橿原市の久米寺で令和8年5月3日に行われた久米寺練供養(久米レンゾ)を保存継承グループメンバーの8名で見学させていただきました。練供養といえば、當麻寺や大阪平野の大念佛寺が有名ですが久米寺でも毎年5月3日に行われ、久米レンゾと呼ばれて親しまれています。レンゾとは、練道(練供養)が語源ともいわれ、レンゾの日に春の一日に農作業を休んで楽しく過ごすというのが奈良の農村の風習です。久米レンゾ当日には本堂から護国道場まで渡された約100メートルの来迎橋を、二十五菩薩が練り歩きます。当日はあいにくの雨模様となり、地元の人によると例年よりは見学者が少ないとのことでした。


久米寺は、推古天皇の御代に聖徳太子の弟である来目皇子(くめのみこ)が創建したと伝わる古寺です。眼病を患った皇子が兄の聖徳太子の勧めでこの地で薬師如来に祈願したところ、満願を迎える日に天から二十五菩薩と薬師如来が降臨し、皇子の眼病は平癒。その地に伽藍を建立し「来目の精舎」としたと伝わります。
また夢のお告げを受けた弘法大師が久米寺の多宝塔に収められていた「大日経」を発見して、心打たれ、密教を学ぶために入唐を決意したとのことから、真言宗の根本道場とされています。現在の多宝塔は京都の仁和寺から移築されたもので、重要文化財に指定されています。

ユーモラスな久米仙人の伝説もよく知られています。今昔物語集には、神通力で空を飛んでいた久米仙人が、川で洗濯をするために衣類の裾をたくし上げていた女性のふくらはぎに目がくらみ、神通力を失い墜落したという話がおさめられています。なんとも人間らしい仙人です。

午後3時過ぎ、お練りが始まりました。山伏、お稚児さんに続いて菩薩が来迎橋を練り歩き始めると、不思議なことに雨が弱まりました。菩薩は介添人に付き添われて、橋をゆっくりとした足取りで進み、朗々とした声の読経が響く本堂に続々と入っていきます。通常は楽器などの持物を持っているそうですが、先頭の観世音菩薩がほとけをのせた蓮台を持つ以外は、今回は雨天バージョンとのことで他の菩薩は何もお持ちではありませんでした。


本堂内での式が済んだあと、護国道場に戻るために再び来迎橋を渡ります。最後尾を歩くのは、無邊身(むへんしん)菩薩(地蔵菩薩の別名)です。美しい女性を思わせるお姿が印象的です。


菩薩が護国道場に帰られたあと、道場の入り口ではお餅が手渡しで配られました。練供養が雨天となるのは、久しぶりとのこと。お世話される方も慣れない準備で大変だったことでしょう。


今回の祭礼は雨天となりましたが、菩薩は金色に輝き大変美しく、そのお姿に心が洗われました。お練り終了後に雨が強まってきましたが、極楽を見たような大変晴れやかな気持ちで、久米寺を後にしました。
保存継承グループ 文:横山真紀子 写真:小西和子、本井良明、横山真紀子

